旧約
新約
創世記
出エジプト記
レビ記
民数記
申命記
ヨシュア記
士師記
ルツ記
サムエル記 第一
サムエル記 第二
列王記 第一
列王記 第二
歴代誌 第一
歴代誌 第二
エズラ記
ネヘミヤ記
エステル記
ヨブ記
詩篇
箴言
伝道者の書
雅歌
イザヤ書
エレミヤ書
哀歌
エゼキエル書
ダニエル書
ホセア書
ヨエル書
アモス書
オバデヤ書
ヨナ書
ミカ書
ナホム書
ハバクク書
ゼパニヤ書
ハガイ書
ゼカリヤ書
マラキ書
マタイの福音書
マルコの福音書
ルカの福音書
ヨハネの福音書
使徒の働き
ローマ人への手紙
コリント人への手紙 第一
コリント人への手紙 第二
ガラテヤ人への手紙
エペソ人への手紙
ピリピ人への手紙
コロサイ人への手紙
テサロニケ人への手紙 第一
テサロニケ人への手紙 第二
テモテへの手紙 第一
テモテへの手紙 第二
テトスへの手紙
ピレモンへの手紙
ヘブル人への手紙
ヤコブの手紙
ペテロの手紙 第一
ペテロの手紙 第二
ヨハネの手紙 第一
ヨハネの手紙 第二
ヨハネの手紙 第三
ユダの手紙
ヨハネの黙示録
新改訳聖書
小
大
コピー
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
章
エズラ記
1
バビロンの王ネブカデネザルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれて上り、エルサレムとユダに戻り、めいめい自分の町に戻ったこの州の人々は次のとおりである。
2
ゼルバベルといっしょに帰って来た者は、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナ。イスラエルの民の人数は次のとおりである。
3
パルオシュ族、二千百七十二名。
4
シェファテヤ族、三百七十二名。
5
アラフ族、七百七十五名。
6
ヨシュアとヨアブの二族からなるパハテ・モアブ族、二千八百十二名。
7
エラム族、一千二百五十四名。
8
ザト族、九百四十五名。
9
ザカイ族、七百六十名。
10
バニ族、六百四十二名。
11
ベバイ族、六百二十三名。
12
アズガデ族、一千二百二十二名。
13
アドニカム族、六百六十六名。
14
ビグワイ族、二千五十六名。
15
アディン族、四百五十四名。
16
ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、九十八名。
17
ベツァイ族、三百二十三名。
18
ヨラ族、百十二名。
19
ハシュム族、二百二十三名。
20
ギバル族、九十五名。
21
ベツレヘムの人、百二十三名。
22
ネトファの人々、五十六名。
23
アナトテの人々、百二十八名。
24
アズマベテの人、四十二名。
25
キルヤテ・アリムと、ケフィラと、ベエロテの人、七百四十三名。
26
ラマとゲバの人、六百二十一名。
27
ミクマスの人々、百二十二名。
28
ベテルとアイの人々、二百二十三名。
29
ネボの人、五十二名。
30
マグビシュ族、百五十六名。
31
別のエラム族、一千二百五十四名。
32
ハリム族、三百二十名。
33
ロデと、ハディデと、オノの人、七百二十五名。
34
エリコの人、三百四十五名。
35
セナアの人、三千六百三十名。
36
祭司は、ヨシュアの家系のエダヤ族、九百七十三名。
37
イメル族、一千五十二名。
38
パシュフル族、一千二百四十七名。
39
ハリム族、一千十七名。
40
レビ人は、ホダブヤ族のヨシュアとカデミエルの二族、七十四名。
41
歌うたいは、アサフ族、百二十八名。
42
門衛の人々は、シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、ハティタ族、ショバイ族、合計百三十九名。
43
宮に仕えるしもべたちは、ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、
44
ケロス族、シアハ族、パドン族、
45
レバナ族、ハガバ族、アクブ族、
46
ハガブ族、サルマイ族、ハナン族、
47
ギデル族、ガハル族、レアヤ族、
48
レツィン族、ネコダ族、ガザム族、
49
ウザ族、パセアハ族、ベサイ族、
50
アスナ族、メウニム族、ネフシム族、
51
バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、
52
バツルテ族、メヒダ族、ハルシャ族、
53
バルコス族、シセラ族、テマフ族、
54
ネツィアハ族、ハティファ族。
55
ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイ族、ソフェレテ族、ペルダ族、
56
ヤラ族、ダルコン族、ギデル族、
57
シェファテヤ族、ハティル族、ポケレテ・ハツェバイム族、アミ族。
58
宮に仕えるしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、合計三百九十二名。
59
次の人々は、テル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうかを、証明することができなかった。
60
すなわち、デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百五十二名。
61
祭司の子孫のうちでは、ホバヤ族、コツ族、バルジライ族。――このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘のひとりを妻にめとったので、その名をもって呼ばれていた。――
62
これらの人々は、自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。
63
それで、総督は、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは最も聖なるものを食べてはならない、と命じた。
64
全集団の合計は四万二千三百六十名であった。
65
このほかに、彼らの男女の奴隷が七千三百三十七名いた。また彼らには男女の歌うたいが二百名いた。
66
彼らの馬は七百三十六頭。彼らの騾馬は二百四十五頭。
67
彼らのらくだは四百三十五頭。ろばは六千七百二十頭であった。
68
一族のかしらのある者たちは、エルサレムにある主の宮に着いたとき、それをもとの所に建てるために、神の宮のために自分から進んでささげ物をした。
69
すなわち、彼らは自分たちにできることとして工事の資金のために金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着をささげた。
70
こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌うたい、門衛、宮に仕えるしもべたちは、自分たちのもとの町々に住みつき、すべてのイスラエル人は、自分たちのもとの町々に住みついた。